研究紹介 Research

私たちの研究室は,地質試料の分析を通して,太古の時代の地球環境変動を明らかにする研究を行ってきました.その研究を進める中で,固体地球活動が地球表層圏にさまざまな影響を与え,極限環境イベントや生物大量絶滅のトリガーになっていたことが明らかになってきました.私たちは特に,海洋が地球史の中で経験した3つの極限の姿: 1) 酸素が枯渇した海,2) 天体衝突が起こった海,3) 蒸発が進んだ海に興味を持ち,研究を行っています.これらの極限イベントは,いずれも海底堆積物にその記録を見ることができます.1) は白亜紀の中頃(120-90 Ma, Ma100万年の単位)に複数回発生した「海洋無酸素事変Oceanic Anoxic Events (OAEs)」で世界中の海洋底に堆積した有機質黒色頁岩であり,2) は白亜紀末の大量絶滅(66 Ma)を特徴づける天体衝突粘土層 (エジェクタ層)であり,そして3) は中新世末期(6 Ma)に起こった「メッシニアン塩分危機Messinian Salinity Crisis (MSC)」で地中海に広く沈殿した蒸発岩です.2016年に東京大学大気海洋研究所でこの研究室を発足して以来,多くの学生に恵まれ,彼らと共にこれらの課題解明に取り組んできました.

Our laboratory has been conducting research aimed at reconstructing environmental changes on Earth in deep time through the analysis of geological samples. In the course of this work, we have revealed that solid Earth processes have exerted diverse influences on the Earth’s surface system and have acted as triggers for extreme environmental events and mass extinctions. In particular, we focus on three extreme states of the ocean experienced in Earth’s history: 1) oxygen-depleted oceans, 2) oceans impacted by extraterrestrial collisions, and 3) evaporative basins. These extreme events are all recorded in seafloor sediments. Since the establishment of our laboratory at the Atmosphere and Ocean Research Institute, The University of Tokyo, we have been fortunate to work with talented Ph.D. students, collaborating together to address these scientific challenges.


海洋無酸素イベント Oceanic Anoxic Evens

   白亜紀には,大西洋,テチス海,そして太平洋の海台といったさまざまな海域で有機炭素や硫化鉄に富む黒色頁岩が堆積しました.この広域的な黒色頁岩の堆積は,120 Ma (Early Aptian) 90 Ma (end-Cenomanian) に集中的に起こり,海洋無酸素イベントOAEと呼ばれます.私たちはこれまで,黒色頁岩中にさまざまな切り口でメスを入れ,多様な研究を進めてきました.たとえば,黒色頁岩中の明暗色の葉理(ラミナ)を一枚一枚詳細に記載し,それらの有機物分析や元素分析を行いました.その結果,多様な海洋環境がダイナミックに繰り返し出現していたことがわかりました.

 

   また,海洋研究開発機構の研究者らと共同で白亜紀海洋無酸素イベントのトリガーについての検討も行ってきました.私たちは白亜紀OAEで堆積した黒色頁岩のオスミウム(Os)や鉛(Pb)の放射性起源同位体比を測定したところ,黒色頁岩堆積時にマントル起源物質の寄与が増大したことが判明しました.詳細な検討の結果,巨大火成岩区 Large Igneous Province (LIPs)の形成に伴う大規模火山噴火が,OAEのタイミングとほぼ一致して起こっていたことが判明しました.このことは,固体地球の活動,つまりマントル下部からのプルーム上昇によるLIPs形成が地球表層環境を変え,OAEや大量絶滅のトリガーになったことを示しています.両者の成因的関連すなわち巨大噴火がどのように海洋環境に影響を与えるのかについて,現在も検討を進めています.最近では,松本廣直博士(現・筑波大学助教)の研究により,白亜紀をほぼ網羅する時代範囲の全球海水Os同位体比の変動曲線が得られ,そこから多くのLIPs活動の痕跡が見出され,固体地球活動が地球環境イベントに密接に関連していることが鮮やかに復元されました.


白亜紀末 天体衝突イベント End-Cretaceous Extraterrestrial Impact

   地球史において,天体衝突がしばしば発生し,そのいくつかは生物大量絶滅を引き起こしてきました.代表例は白亜紀-古第三紀K-Pg境界(66 Ma)の天体衝突です.オスミウム(Os)やイリジウム(Ir)など白金族元素の濃度は天体衝突の強力な指標となります.また隕石中のオスミウム(Os)は地球の上部大陸地殻と比較して放射性起源核種に枯渇するため,天体衝突は海水の放射性起源Os同位体比を低下させます.生物大量絶滅層準として知られるK-Pg境界の粘土層には白金族元素が高濃度で含まれ,その放射性起源Os同位体比は隕石の値とほぼ同程度であることが知られています.これらの記録から,この粘土層が天体衝突のエジェクタ堆積物であること,その天体衝突が大量絶滅を引き起こしたことが広く受け入れられています.この地球化学記録の特徴を活用し,K-Pg境界の堆積物の「完全保存」の度合いを評価することができます.私たちはロードハウライズや南東インド洋の掘削コアについて放射性起源Os同位体比と白金族元素組成の分析をおこない,K-Pg境界のエジェクタ層の連続性を評価しています.同様に,東北大学との共同研究の中で,北海道根室層群で認定された白亜紀末の堆積物の白金族元素分析を行い,天体衝突の痕跡を探しています.もし発見されれば,これまで未解明であった北東アジアにおけるK-Pg天体衝突の影響,特に衝突直後の環境変化と生物大量絶滅の全容が,今後明らかになると期待されます.

 


巨大蒸発岩体の形成史 Formation of Salt Giants

巨大蒸発岩体 Salt Giant は地球史を通して断続的に形成されてきました.最新のSalt Giantは中新世末メッシニアン塩分危機(Messinian Salinity Crisis)で形成された地中海の蒸発岩です.この蒸発岩は,Salt Giant 形成メカニズムに関する情報が多く保存されています.しかし,これらの蒸発岩の発達メカニズム,特に大西洋との海水交換の変遷史を巡っては定説が得られておらず,今日も論争が絶えません.私たちは地中海の海底堆積物の放射性起源Os同位体比に注目しました.なぜなら地中海の流入河川の流域にはマントル起源の岩石(オフィオライト)が広く露出するため,大西洋からの流入が途絶えると地中海内部のOs同位体比がマントルの値に近づく(低下する)と予想されるためです.その予想通り,地中海堆積物の放射性起源Os同位体比は塩分危機の時期に外洋の値から外れ,低下していたことが判明しました.その同位体比の低下幅から,大西洋からの海水流入が現在の1/30程度まで低下していたことが分かり,当時の海水交換率を定量的に見積もることができました.さらに,蒸発岩形成メカニズムを解明することを目的に,海洋研究開発機構やモデナ大学と共同で,蒸発岩の塩素同位体や硫黄同位体の分析手法の開発や,蒸発岩の化学状態分析,有機分析など行っています.